遊花は校舎の屋上から双眼鏡で覗いてるはずだ。部室棟の正面に位置するポイントから見張っているのだが、返事がない。推測するに寝ているのだと思われる。
「…むにゃ」
正面の人の出入りをチェックする役なのに、とても困る。
「あ、会長。声を潜めてください… プールの方角から怪しい人影が来ました、ですわ」
僕は草むらの中で部室棟の角から誰かが曲がってくるのを見つけたのだ。
「わっ、はい。プールの方角、警戒ですね!」
「あの、声は控えめにお願いします…」
ザッザッザッという足音が大きくなっていく。僕はスマホのカメラを構えて動画撮影を開始した。
男子生徒の姿だ。見覚えがある。あの人は確か、唯々野さんと同学年の圓頓寺笑夢(えんどうじ しょうむ)という人だったと思う。
すらっと背が高くて、ロン毛とまでは言えないけど長い金髪、そしてどこか昭和の少年アイドルのような昔の二枚目感。きちんとした身なりにネクタイを硬く締めているが、腕につけたチャラチャラしたアクセサリーに、カバンを潰して、さらに下駄を履いている辺り、どういう人物像なのかはよく解らない。
だけどああ見えて女子生徒には人気があって、生徒会長選挙では唯々野さんと座を争っていたのだ。唯々野さんと肩を並べるカリスマ性のある人物なのは間違いなさそうだ。
圓頓寺は辺りをキョロキョロと見回して男子水泳部の部室に近づいた。そして躊躇なく窓を開けて一瞬の内に飛び上がって中に入ったのだ。
手慣れている。彼は部活関係者だったか? 不法侵入と言えるかも知れない。
「会長、あれは圓頓寺さんですわ…」
「ええ、びっくりですね…」
圓頓寺は中から改めて鍵を締めて姿を消す。カーテンが邪魔で中の様子は解らなくなった。
もしや彼が犯人なのだろうか。という考えがずっと頭をよぎっているのだが、彼は男子水泳部の部室に入ったのだ。事件のあった女子水泳部の部室ではない。
女子の部室はもちろん、男子の部室にも当然窓に鍵はかかっていたはずだ。部活中は部室が無人になるのだから貴重品だって残っているだろう。
では、どうして窓に鍵がかかっていなかったのだろうか?
「どうしましょう… 緊急逮捕とかしたほうがいいんですかね…」
「いえ、逮捕って会長…。ここはもう少し様子を見ましょう」
「でも男子の部室から出て中の廊下を通って女子の部室に入るのでは?」
不法侵入の現行犯なのだからとっ捕まえてしまうのも手だが、問題の女子水泳部にはまだ危害が及んでいない。もう少し泳がすべきだろう。
「確かにそう考えられるんですが… 捕まえるなら不法侵入の現行犯ではなく… あの、た、体液を出したところで踏み込んだほうがいいと思います」
「なるほど、では私たちも部室棟の中に入りましょう」
唯々野さんは草むらから出ようとしていた。
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