僕は変態なのだろうか。
いや窮めて健全な男子だと思いたい。
これは高校生のときの話だ。僕は当時、何事にも自信がなくて女子に対してとても奥手だった。頭の作りもそんなに優秀とは言えない。友人たちとの会話でも口下手で気の利いたことが言えるわけでもない。顔だって特別崩れているわけではないけど、お世辞にも恰好良いなんて言われたこともない。ないない尽くしだ。
おかげで目立たずに空気のように過ごせたという利点はあるんだけど。
「すいませーん」
このように女子に声をかけられたことも、もちろんない。だからとても驚いた。風鈴が鳴ったのかと思うほどに優しい音色だったのだ。
ひゅうと一陣の風が吹く。春の悪戯な風だ。
振り返ると歩道橋から一人の女生徒が駆け足気味に降りてきていた。先に歩道橋を降りた僕を追いかけてきたようだ。細い体躯である。見るからに危なそうだった。あの高さから落ちたら大怪我じゃ済まないと思う。そういう焦燥感は人一倍強かった。
「あぶ… んへ…」
「あのーう」
彼女の切れ長な目は確実に僕を捉えていた。まさかと思ったけど僕に用事があるみたいだ。
同じ学校の制服。紺色のブレザーでスカートも同じ色。映えることを恐れた没個性的な色としか言いようがない。
揺れる胸元のリボンだけが赤くて可愛らしいと思える。でも近づくと血を吸ったようなワインレッドでやはりウチの制服デザインはセンスがないと断言しよう。
「あ」
彼女の上気した頬がさらに桜色に染まった気がした。悪戯な風は瞬間的に僕らに襲いかかった。風速は解らないけど20メートルくらいではないか。歩道橋に寄り添う形で咲き乱れた桜が大きくざわついていた。
危ない。
そう思った僕は咄嗟に肩にかけていたかばんを放り出した。
桜の花びらが大量に舞い散る。まるで桜色のスノードームの中にいるようだった。
あんなに細い身体の女子が風に煽られて、歩道橋から転げ落ちないわけもないだろう。女子の身体に触れたこともない僕が女子の身体を受け止めるために階段に駆け寄った。
「んあ…」
「はうっ」
風は彼女のスカートをふわりと舞い上がらせた。
とても柔らかそうな太ももが見える。生で見たことはもちろんない。白い肌と影になった部分のコントラストが深くて異様な立体感だ。
足首から腰まで純白の肌の色が露出されてきれいだった。クシュッとした小さな靴下と細い足首。針金細工のような脛に可愛らしい膝小僧。肉感的太ももから淫靡な付け根にかけて広がる小宇宙。
美しい。
桜の花びらがちょうど股間の辺りに舞っていて奇跡的に局部だけは見えなかったが、彼女の丸いラインを描いたくびれまでしっかり堪能してしまった。
「…ぅっ と…」
彼女、唯々野(いいの)ちこは3段を飛んでふわりと妖精のように着地した。
受け止めようと手を広げていた僕がバカみたいに映る。
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