「あ、いや」
唯々野さんは僕の後ろに回ってブリーフパンツを回収しようとしてきた。
僕はくるんと回転して華麗に避ける。なおさら渡すわけにはいかない。
「そんなことしなくても… こんな落ちていたパンツは汚いですからそのへんの公園のゴミ箱にでも捨てておきましょうですわ」
「うーん…。それはとても悪い気がします。持ち主が悲しむと思いますし。それなら交番に届けましょう。貸してください。私、持っていきます」
「だわぁっ」
素っ頓狂というのはこういうことを言うのだろうな。思わず地声が出そうになる。
「さあ。渡してください」
「いやんですわ」
「さあ」
生徒会長の生真面目さ、恐るべしだ。僕はプチパニックに陥っていた。
「ボっ ボクッ ぁ… ワタシが交番に届けてきますわ。そ、それならいいでしょう?」
「私が拾ったのです。私に責任があります。私が交番に届けます」
まさか僕の下着の取り合いで女子と追いかけっこになるとは。二人でぐるぐると回って、自分の尻尾を追いかける犬みたいになっている。
「貴女の時間がもったいないですよっ。交番ならちょうどワタシの帰り道にありますから」
「ふぅ… わかりました。それなら一緒に交番へ行きましょうか」
「い、いや? だから… あの…。……だ、黙っててあげますから…」
僕はとち狂って咄嗟に交換条件を持ち出すような真似をしていた。思えばこれがすべての元凶の発言だったのだろう。
ぴたりと唯々野さんの動きが止まる。
先程まで井戸端会議で女性たちが見せるような外向けの涼しい笑顔はなくなり、鋭い眼光とキュッと口が締まって真剣な表情になっていた。
「やっぱり見たのですね?」
「……ぅぅ …な はは ……?」
笑って誤魔化せるものではないが他に手立てなんてないのだ。
「どうして… そこまでして…」
それに比べ唯々野さんは優秀だ。目線は逸らさず高速で思考している。こんなに普通の女の子に見えていても中身は優秀な独裁者と変わらない。数ヶ月で生徒会長に登り詰めるほど計算高いのだ。
直に接するのは初めてだったが、噂に違わず何を導き出すのか解らない怖さがあった。
「仕方がありません。役目はお譲りします。ただし、どこの交番に届けたのか後日確認させてくださいね」
獲物を狙うかのような眼光が一瞬にして優しい目に変わっていた。計算が終わったようだ。
「あ、はい……」
「その代わり、約束ですから。…ね?」
「!!?」
そうだ。これは僕が持ち出した交換条件。一見して釣り合わない条件だが、僕がそれでいいと言っているのだ。彼女にとってみれば破格の条件だろう。
唯々野さんに断る理由はない。
条件通りにするなら優位性は僕にあるけれど、その場凌ぎの言動だらけの僕は始めから詰んでいたのだ。
「あ、貴女のお名前は?」
「月水木 曜た… いえ… 月水木 曜子です…」
「これもなにかの縁ですよね。SNSを交換しませんか?」
学校一の秀才とお近づきになれたのは嬉しいことだが、屈折が激しい。
「ぅん…」
僕は頷くしかなかった。
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