「密室トリックの謎は既に解けましたよ」
「…ぁ、はい」
「あとは犯人が誰なのかを突き止めるだけです。もう少しの辛抱です。がんばりましょう」
気持ちのいい明るく涼やかな声だ。
「いやあの… 会長? それはいいんですけど、ここで見張っていたらすぐに見つかっちゃうんじゃ… ありませんの?」
それに引き替え僕の裏声は曇のち雨みたいな声で好きになれない。魅力ゼロだ。
7月某日。
僕は唯々野さんの通話アプリを起動させたまま、恐る恐る進言をしてみた。ずっと気になっていたのだ。
「え? そうなんですか?」
唯々野さんの性格は、今はとても柔らかい。例の眼鏡をかけていないからだろうか。初めて出逢ったときと同じ物腰だ。今の彼女は人の上に立つカリスマ性も僕にエロい命令をするドS性もない。なんの変哲もない、うら若き10代の可憐な少女である。
「はい。会長は一見隠れているように見えるかも知れませんが、その… 肌が… 異様に白いものですから…」
とても目立っている。変哲はないが無さ過ぎて逆に違和感が発生してしまうのだ。
僕の指摘に唯々野さんは「うーん」と考え込んでしまう。そんなはずはないと考えているみたいだ。
いや、考えるまでもなく部室棟の裏の茂みで彼女の存在だけは異質だった。
「どうしたものでしょうか…」
両手に持った木の枝でカモフラージュはしているが、その長い黒髪は隠せていない。茂みから頭が出てしまっているのだ。草むらに寝そべって、涼しい表情でただ一点を見つめている。制服が汚れるにも関わらずどうしてあそこまで誰かのために頑張れるのだろうか。
「あの、もう少し奥に下がっていただければ、茂みから頭部が出ちゃってますから… ですわ」
「もう少し後ろ… いえ、フェンスが邪魔でこれ以上後ろに下がるのは… 足を曲げても、お尻が茂みから出ちゃいますし」
「頭が出るよりはマシかと思います… わ」
僕は僕で別角度から監視を行うため唯々野さんから離れた茂みに潜っていた。
女子水泳部の部室に明らかに男性の体液と思われる液体が床に付着していたという事件が起こってから、既に3日が経過している。
生徒会に舞い込んだ女子水泳部からの苦情で僕ら生徒会の面々が実際に調べることになったのだ。大ごとにならないだけでこの手の事件は毎年どこかで起こっているらしい。今さらながらとんでもない学園に入学してしまったのだと後悔の念のようなものがもたげてくる。
「もうそろそろ部活が終わる時間です」
「今日も誰も来ませんね… ですわ」
「犯人の方はとても慎重で警戒心の強い性格のようです」
「野良猫みたいですわね…」
「遊花さんのほうはどうでしょう?」
「………」
同じ生徒会メンバーの南島遊花(みなみのしま ゆうか)も張り込みに動員されていた。
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