まんまと僕は唯々野さんの罠に嵌っていた。
「それは約束を反故にすると受け取ってもいいのかしら?」
唯々野さんの視線は鋭く僕に突き刺さる。彼女は短くため息を吐いて、自分の鞄からメガネケースを取り出すために一度背を向けた。
「申し訳ないですがお嬢にとって地位を脅かす者は排除しないといけません」
ごそごそと眼鏡を取り替えている様子だ。なんでこんなタイミングで…?
「そんな… 反故だなんて…。まだ届けていなかっただけというか…。そう、今日の夕方にでも行くつもりでしたのっ」
「オラ! ちょっと便所に行くぞ。面貸しなッ」
唯々野さんはニヤニヤとした笑みを浮かべ振り返った。
誰だ…?
豹変。
そんな言葉がぴたりと合うほどに唯々野さんは目が据わっていた。
「どうせ嘘なんだろ? 今日行くってのもよ」
鋭角的な眼鏡に変わってから性格まで変わってしまったかのようだ。
「ぇ… あの…」
「いいから来いって」
有無を言わさず唯々野さんは歩き出した。上着のポケットに手を突っ込み、足を摺って歩く姿はヤンキー女子のようだ。
「大丈夫さ。他の奴らには黙っておいてやるからよ」
可憐な表情と風鈴のような涼やかな声が放つ強烈な違和感。
「早くしな」
「ぁうん…、はい……」
生徒会室の斜向い、少し歩いたところにトイレがある。僕は唯々野さんの後についていった。僕は女装をするとき、しているときは女子トイレを使うのだが、改めて誰かと一緒に連れだって女子トイレに入るというのは初めてだ。とても緊張感が高まった。
「曜子、てめぇはお嬢を脅したんだってな。オラ、中に入んな」
「ぇ… ぇぇ…? あのぅ?」
僕は思い切り戸惑っていた。強権の持ち主には逆らえない。促され、個室の中に仕方なく入る。
パタンとドアが閉められた。
「えっ!?」
すぐ背後に声が響いている。同じ個室に入ってきたのか?
「わかってるんだろ?」
「へ?」
ゆっくりと振り返ってみた。僕はこの期に及んで何も解っていなかった。
「な…? な…? な…?」
唯々野さんが一緒に同じ個室に入ってくるまで何も理解できていなかったのだ。
「ちょ、ちょっと…」
「アタシは本気だぜ。ここで見たことは、まぁお嬢には黙っといてやるから、な?」
「い、い、い、いやぁ…?」
ドキドキと心臓が高鳴った。
唯々野さんが言っている『お嬢』だとか『黙っておいてやる』という意味が解らないが、このときの僕はそこまで思考が及ばない。
とにかく唯々野さんのノーパンに匹敵する僕の弱みを見せるのかどうかが問われているのだと本能で感じていた。
「えぇっと…?」
「言われないとわからねーなんて言わさないぜ。ただ嘘を吐いた罪を償ってくれよ。な?」
「ぁはは?」
誤魔化しきれない。
僕は必死になってノーパンを見てしまったことの返礼を、いや、償いを考えた。
「えっとボクは… ぁいや、ワタシはパンツを脱いだほうがいいですかね?」
「さぁな? お嬢が満足するかどうかな?」
「ぁはは…?」
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