生徒会室というおよそ縁遠い名称の部屋の前に僕は立っていた。凡夫である僕がこのドアをノックできるほどの教養や素質など身につけていない。
手に汗が滲んで、そのまま数分間。ゆっくり夕日が沈んでいくのを背中に感じていた。
「何をしているんでしょう。さっさと入ってください。曜子さん」
「ひ!?」
背後から突然だった。
どきりとして踵を返すと、そこには生徒会長である唯々野ちこが腕組みして佇んでいた。いったいいつから? 僕の疑問をよそに彼女は引き戸を開けて中に入るように促した。
「あ、あれ?」
「あぁメガネのことですか? 気にしないでください」
唯々野さんは初めて逢ったときと違って今日は赤渕のスタイリッシュな眼鏡を着用していた。目が悪そうには見えないからおしゃれ眼鏡の類だろう。それに思い返せば生徒会長として壇上に居るときは眼鏡姿だったような気がした。
「さぁ」
先日と違い、様子は明らかにおかしかった。眼鏡の奥の眼光がこんなにギラギラとしていただろうか。心做しか身長も高くなっているような気がする。
「あ、はい…」
僕はここで問答していても仕方ないと思い、いそいそと部屋に足を踏み入れた。
生徒会室は奥に長い部屋だった。ロッカーと資料棚が左右にぎっしりと並んで、間に長机と長椅子が置かれているというだけのシンプルな空間だ。奥はカーテンの閉まった大きな窓と教室で使っている机とイスが一対置かれているだけ。形だけの会長のイスなのだろう。
「さっそくですけれど、あのパンツは交番に届けましたか?」
唯々野さんは奥にツカツカ歩いていって学生鞄を机に置いた。振り向かずに先日の件を質問してくる。
「あはは… もちろんですよ」
僕は裏声で見事なまでの嘘を吐く。
「どこの交番でしょう? パンツが届けられてないか、あらかた訊いて回りましたのに」
「それは… あの… ほんとに交番に訊いてきたんですか!? どうしてそこまで気になさるのですかですわ?」
「それは拾い人としての責務ですから」唯々野さんは振り向く。「交番、教えてくださる約束でしたよね?」
「あ、あの… 実は…」
まさか本当に交番に電凸するなどとは思わない。僕が浅はかだった。
「届けていないというか…、タイミングが悪かったといいますか…」
当然ながら自分のパンツを交番に届けるような勇気は僕にはないのだ。
「まだ…、なんですね? どこにも届けられた形跡がありませんから、そうだと思いましたよ」
唯々野さんは優しげな表情を見せるが、先日とはやはり別人だ。
「私を脅してまで負った役目ですのに…」
「脅してだなんて… っ」
「あのパンツを警察に届けられない事情があるのですね?」
「そんな事情は…」
いや間違ってないな。確かに僕は唯々野さんのノーパン姿を見たということを盾にとって自分のパンツを交番に届ける権利を勝ち取ったのだ。
脅しているし届けられない事情もある。
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