「大丈夫。怖くありませんよ。慰めてあげれば一言主さんは成仏するでしょう。あなたの力が必要です。曜子さん」
生徒会室で唯々野さんはそう言った。
僕に何ができるか解らないけど、僕と唯々野さんはコンビで女子水泳部の部室に向かっていた。
もうすぐ部室棟の玄関に到着するというときだった。
「あのぅ…。どうして部室に行くのかもう一度説明して頂いていいですか?」
眼鏡を外した唯々野さんは少し立ち止まって人差し指を下唇に密着させている。何も覚えていないらしい。
「はい…。水泳部に昔所属していた一言主(ひとことぬし)さんというゴーストになった女子生徒を成仏させるため? ですわ…」
「……それを、本当に私が指示したのですか?」
「確かによくわからないご指示ですけど、そうおっしゃいました… わ…。遊花も一緒に聞いてましたし…」
僕は率先して部室棟のドアを開けた。
真正面から堂々と中に入るのは初めてだ。近代的な造りだが古めかしいデザインセンスの壁紙だったり調度品が置かれていた。
「水泳部も帰った後ですから暗いですね」
「そう言えば、ぼーっとしてる性格だからか、たまに自分が何をしているのかわからなくなることってある気がします」
「たまに… そうですかですわ」
裏声がさらにひっくり返りそうになった。人格が豹変するのは「たまに」という認識なのか…。
「ここが水泳部の部室です」
部屋のカードキーを懐から取り出す。
「あ、ちょっと待ってください」
唯々野さんは女子水泳部の部室の前で鞄からメガネケースを取り出した。まるで何かの儀式かのように例のごとく眼鏡を装着する。
「おし、準備はいいぜ。女装男!」スチャッとホワイトシルバーに輝く鋭角的なフレームの眼鏡だ。「ゴーストバストと洒落込むか!」
唯々野さんは内股からガニ股に変わって、僕からカードキーを奪い、さっさと解錠した。そして放り捨てて、僕が慌てて拾っている間に自分は中へと入っていく。
「バストだとおっぱいになるんじゃ… あの待ってくださいですわっ」
ヤンキーの人格に変わっても記憶は継承しているのか? 眼鏡をかけていないときの本人格だと何も覚えていないようだが、他の人格は連携しているらしい。何も覚えていないのは本人格だけか…。
「何もねぇな」
「…はい」
ここに入るのは二度目だ。ロッカーとベンチがあるだけのなんの変哲もないシンプルな部屋だ。こんなところに圓頓寺はどうやって隠れていたのだろうか。
「あの不用意に入っていきなり霊障とかあったら…」
一言主さんというのが、中に居た圓頓寺を別の空間に飛ばすような霊力を持っていたとしたら、かなり危険だ。
「準備はいいって言ったろが。内鍵かけとけ」
「あ、はいですわ」
「早くしろよ、曜太」
荒々しい口調なのに声質は遠くに聞こえる風鈴のようだ。片腕を腰に充てて、ガニ股で弛(だ)れた立ち方をしていなければ普通に清楚な美人なのに…。
「いないですわね…」鍵を締めて改めて部室内を見渡す。「そう言えば、会長は密室トリックの謎は解けているって言ってませんでしたっけ?」
「ああ、あれな。水泳部に聞き込みしてたからな。射精男子が突然消えるのは『開かずのロッカー』があるからだ」
「開かずの…?」
「しこしこして射精した後、ロッカーに入る」
「え? でもここのロッカーは二段積みで上と下に別れていて、人が立って入れるようなスペースは…」
足を曲げたって狭すぎる。入れるはずがない。
「そんなもん、ぶち抜けば入れるだろがっ。頭使えトンテキ野郎」
「はっ、そうか…。トンテキ… トンチキみたいな意味ですわね…」
ロッカーの中の床と天井を抜いて上下繋げていたのか…。
「そんなことするわけがないって思い込んでました。でも圓頓寺さんはどうやって出ていったのでしょうか?」
「これも水泳部の奴らに聞いたが、隣の部室とここは元々一部屋だったんだぜ」
「隣の? 女子レスリング部か何かでしたっけ…」
「間仕切りの壁は脆いからロッカーと壁をぶち抜いてるんだ。ここだな」
唯々野さんはおもむろに壁際のロッカーの前に立つ。開かずのロッカーだ。鍵は消失しており開けようのない扉。
「おらよ!」
ガンッ
「ちょ…」
ハイキック一閃。
下のロッカーもローキックで破壊した。扉がべこっとなって簡単にロッカーが開けられる…。
覗いてみると唯々野さんの推理通り、ロッカーの上下はつながっていておまけに壁も取り外しが可能となっていた。
「こんな簡単なトリックだったんですわね」
「圓頓寺のドM野郎が鍵を持ってたぜ。あいつが工作して、ここを開かずのロッカーにしたんだろ」
「となると…、もう解決ってことですわ」
幽霊以外は解決しているということだ。
「あ? ゴーストバストーニュって言ったろ」
「バストーニュだとベルギーの町になっちゃいます…。…え、ほんとに幽霊をどうにかするんですか」
「あれが圓頓寺を狂わせた元凶だからな」
「……でも居ないみたいですが…」
「くっくっ。だからお前の力が必要なんだよ。さっさと服脱げ。女装男」
「ひっ!?」
唯々野さんがニマニマしながら近づいてくる。
「な、なんで、ですわ?」
「男の前しか現れねーんだろ。どうせっ」
瞬く間に制服を脱がされていく僕。スカートをすとんと落として、僕は下着姿になった。ブラは詰め物で膨らませていただけだ。自分から外してパンティ一枚だけの姿である。
「ぅ… ふ… ふ… ふ… ふ… 」
「男好きなんだろ。お前が一言主か。このエロゴースト」
「非道い言い方ねえ。知ってるわよ。変態の会長さん♡」
実体化…? ではないが空気中にノイズや光の粒子が集まり、人型を形成する。競泳水着を着飾った筋肉質なお姉さんだった。
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